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横浜地方裁判所 平成11年(行ウ)35号 判決

主文

一  本件訴えをいずれも却下する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一原告らの請求

被告が訴外東急不動産株式会社(以下「訴外会社」という。)に対し平成一〇年一二月四日付け神奈川県指令須土第三―九八一八号をもってした開発許可処分(以下「本件開発許可」という。)を取り消す。

第二事案の概要及び基礎となる事実

一  事案の概要

訴外会社が別紙物件目録記載一ないし五の土地(合計八三二三・九四平方メートル。以下「本件開発区域」という。)において共同住宅(マンション)及び専用住宅を建築することを予定して都市計画法(以下「法」という。)二九条に基づく開発許可を申請したところ、被告が第一記載の本件許可をした。これに対し、開発区域の周辺地域に居住する原告らが、本件開発許可は法三三条一項二号、同法施行令(以下「令」という。)二五条二号ただし書及び同法施行規則(以下「規則」という。)二〇条の二(以上の法、令及び規則の各規定を総称して、以下「本件関係法規」という。)に違反するとして、その取消しを求めた。以上が本件事案の概要である。

二  基礎となる事実(末尾に証拠等の記載がない事実は両当事者間に争いがない。)

1  本件開発許可

訴外会社は、平成一〇年一〇月五日、被告に対し、本件開発区域において、共同住宅一棟五五戸及び専用住宅一棟(いずれも自己の居住用でないもの)を建設することを目的として、開発行為の許可を申請した。

これに対し、被告は、本件開発許可をした。

2  本件開発区域の周辺の状況

本件開発区域の周辺地域の道路は幅員四メートル前後のものが多く、別紙図面の黒塗り部分の道路約四〇〇メートルの間に、幅員四メートルに満たない部分が約二四〇メートルある。

3  原告らの居住関係

原告らは、別紙図面のとおり、いずれも本件開発区域外の半径四〇〇メートル以内の周辺地域に居住する者である(甲一)。

4  審査請求手続の履行

原告らは、平成一一年一月二九日、本件開発許可は本件関係法規に違反するとして、神奈川県開発審査会(以下「審査会」という。)に対しその取消しを求めて審査請求をしたが、審査会は同年五月一七日右審査請求を却下する旨の裁決をし、原告らは同月一九日にその旨の通知を受けた(甲四・一〇)。

三  主な争点と当事者の主張

1  原告らの原告適格の有無(本案前の争点)

(一) 被告の主張

(1) 行政処分の取消しを求める法律上の利益を有する者とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうのであり、当該処分を定めた行政法規が、不特定多数者の具体的利益を専ら一般公益の中に吸収解消するにとどめず、それが帰属する個々人の利益を個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には、このような利益も右にいう法律上保護された利益に当たる。したがって、右のような利益を有する者でなければ処分の取消しを求めることはできない。

(2) 法は「都市の健全な発展と秩序ある整備を図り、もって国土の均衡ある発展と公共の福祉の増進に寄与することを目的と」し(一条)、その目的達成の手段として都市計画に係る諸制度を定めており、市街化区域又は市街化調整区域内において行われる開発行為について都道府県知事の許可に係らしめたのも、都市の健全な発展と秩序ある整備を図ろうとしたものである。以上の法の趣旨・目的からすれば、開発許可の制度は、都市の健全な発展と秩序ある整備という公共の利益を保護の対象としたものであって、私人の具体的利益の保護を目的としたものではない。

(3) 法三三条一項二号及び令二五条二号ただし書は、所要の施設を確保することにより、開発区域内の環境の保全、災害の防止、通行の安全、事業活動の効率を図ろうとするもので、開発区域外の事柄について規定したものではないし、開発行為によって開発区域外の交通量の増加が予想されるにしても、それが周辺住民の生命・身体の安全等を積極的・直接的に侵害するとは到底いえない。また、規則二〇条の二を含めた本件関係法規をあわせみても、開発区域周辺の土地の現況、居住の状況、周辺に及ぶ危険の程度との関連で規制基準が具体的かつ詳細に定められているわけではない。

したがって、本件関係法規は、開発区域内の利便性や通行の安全性を保護の対象としているにとどまり、開発区域外の住民個々人の個別的利益を保護する趣旨の規定ではない。

(4) 本件とは異なるが、原子炉設置やがけ崩れ・出水のおそれのある開発区域における開発行為に関しては、その周辺住民に原子炉設置行為又は右開発行為の取消訴訟を求める法律上の利益があるとするのが判例である。しかし、これらの場合、行為の安全性に瑕疵があれば、周辺住民の生命・身体等に重大な危害を及ぼすことに相当の蓋然性がある。これに対し、原告らの主張によれば、本件においては、本件開発許可により交通量の増加によって自動車での外出が困難となり、緊急自動車が間に合うかどうかが危惧されるという。しかし、原告らの右に主張する事態は、前記の判例の事案とは同列に論ずることはできない。

(5) よって、原告らは、本件開発許可の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者とはいえず、原告適格を有しない。

(二) 原告らの主張

(1) 原告適格の問題は、行政権力の法規からの逸脱をチェックする体制を国民がどう作り上げていくのかという問題であり、本件のような開発行為に絡む許認可はことに行政と業者との癒着を生みやすいのであるから、明らかな法令違反が認められる本件開発許可については、その法規からの逸脱をチェックできる立場にある開発区域の周辺地域の住民に原告適格が認められるべきである。

(2) 仮に、法律上保護された利益を有する者にしか原告適格が認められないとしても、本件関係法規は、開発区域の周辺住民の生命・身体・財産を一般的公益としてにとどまらず個別的利益として保護しているのであって、原告らは本件開発許可の取消しを求める利益を有する。

すなわち、例えば、火災は、一定の確率で発生し、その発生を完全に阻止することはできないものであるところ、道路事情の悪さから消防車の進入が遅れれば、火元の住民のみならず、近隣の住民にも延焼による被害が及ぶ可能性がある。このように緊急自動車の進入に問題があるような道路は、ある意味では危険施設と同じなのであるから、このような道路に関する規制について開発行為の許可審査に過誤があった場合には、特定範囲の住民が生命・身体・財産について直接かつ重大な被害を受けることが想定されるのである。

(3) 法三三条一項二号の「災害の防止」については、被告が主張するように、一般的公益を保護する趣旨であるとしても、開発区域内に新たに道路が整備されない場合(以下、このような場合における開発行為を「一敷地単体型の開発行為」という。)について定めた令二五条二号ただし書の「災害の防止」は、開発区域外の道路の沿線住民の個別的な生命・身体・財産を保護しようとしているものである。

また、判例で原告適格が認められているがけ崩れ防止の事案においては、そのために定められた土木工学的な規定が詳細であるが、本件のような道路幅員に関する規制についての規定はそれ程詳細ではない。しかし、このように異なるのは規制の性質上当然であって、本件関係法規も、その規制の性質から見れば十二分に詳細で具体的な規定というべきである。

(4) 以上によれば、原告らが原告適格を有することは明白である。

2  本件開発許可の違法性の有無

(一) 原告らの主張

一敷地単体型の開発行為については、本件関係法規が道路に関して定めているが、その内容は、文理上、開発区域に接続し幹線道路に至る道路の全体にわたり四メートルの幅員を要求していると解するほかはない。

令及び規則が、開発区域は四メートル幅の道路に接続すべきことを定めているのは、それ以下の幅員の道路にしか接続していないならば、環境の保全上、災害の防止上及び通行の安全上の支障があるとの事実上の推定が働くからであり、被告が審査請求段階で説明したように、四メートル幅の部分が一定区間あれば足り、その一定区間の認定については行政裁量によるとの解釈を採る余地はない。

したがって、本件開発許可は、相当規模の道路への接続を定めた本件関係法規に違反し、違法である。

(二) 被告の主張

原告らの主張は争う。

第三争点に対する判断

一  争点1(原告らの原告適格)について

1  原告適格の判断基準

行政事件訴訟法九条にいう「処分・・・の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者」とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され、又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうのであり、当該処分を定めた行政法規が、不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には、かかる利益も右にいう法律上保護された利益に当たり、当該処分によりこれを侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者は、当該処分の取消訴訟における原告適格を有するものというべきである。そして、当該行政法規が、不特定多数者の具体的利益をそれが帰属する個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むか否かは、当該行政法規の趣旨・目的、当該行政法規が当該処分を通して保護しようとしている利益の内容・性質等を考慮して判断すべきである(最高裁平成九年一月二八日第三小法廷判決・民集五一巻一号二五〇頁参照)。

原告らは、行政処分に明らかな法令違反がある場合には、これを実質的にチェックすることができる立場にある者におよそ原告適格を認めるべきである旨主張するが、それは、一定範囲の者に原告適格を制限する旨の考え方を採用している現行の行政事件訴訟法九条の趣旨から逸脱する立法論であって、採用することができない。そうすると、違法な行政処分の取消しを求めるのに原告適格を有する者が存在しないということもあり得るが、違法な行政処分があった場合にその是正がどのような方法でされるべきかについては、立法論も含め種々の考え方があり、現行制度は取消訴訟が必ず提起できるようにしなければならないとの考え方を採用していないのである。

そこで、前記の見地に立って、本件訴えについての原告らの原告適格の有無を検討する。

2  本件関係法規と原告適格

(一) 原告らの主張

そこで、本件開発許可の根拠となった規定の保護法益を検討することになるが、根拠規定のうち、原告らが問題とする本件関係法規が開発区域の周辺住民個々人の個別的利益を保護する趣旨の規定であるかを検討する。

(二) 本件関係法規の趣旨と保護法益

(1) 本件関係法規の内容と趣旨

法三三条一項は、申請のあった開発行為の許可の基準を定めているところ、その二号は、開発許可の基準の一つとして、主として、自己の居住用の住宅の建築の用に供する目的で行う開発行為以外の開発行為について、道路、公園、広場その他の公共の用に供する空地(貯水施設を含む。)が、同号イないしニに掲げる事項を勘案して、環境の保全上、災害の防止上、通行の安全上又は事業活動の効率上支障がないような規模及び構造で適当に配置され、かつ、開発区域内の主要な道路が開発区域外の相当規模の道路に接続するよう設計が定められていることを挙げている。

この規定は、その文言上、開発区域内の空地の配置の設計について、環境保全、災害防止、通行安全又は事業活動の効率の観点から支障があり、また、開発区域内の主要な道路の開発区域外の道路と接続していない場合には、開発許可の基準に適合しない旨を定めていると解される。したがって、その保護法益は、開発区域内に居住することになる住民の環境・安全・通行上の利便・事業活動にあるということになる。

本号が、自己の居住用の住宅の建築の用に供する目的で行う開発行為については除外して規定しているのは、そのような場合には開発行為をしようとする者が自らの安全等を確保するであろうから、特に保護を図る旨の規定を置く必要がないという趣旨であると解される。仮に本号が全体として、開発区域外への影響をも保護している規定であるとすれば、自己の居住用の場合についての右限定を設ける必要はないのであり、このような点からも、本号の保護法益は前述のとおりに解されるのである。

(2) 開発区域の周辺に触れた規定部分の趣旨

なお、法三三条一項二号は、①開発区域内の空地の配置を検討する際の要素として、イに、開発区域の「周辺の状況」を勘案すべきものとし、また②開発区域内の主要な道路の「開発区域外」の相当規模の道路への接続を要求しており、この二点において、開発区域外の事柄についても触れている。

しかし、右の二点は、いずれも、行政庁が開発区域内の災害防止・通行安全等にふさわしい空地の配置と道路の接続がされているかという点を審査するに際し、開発区域外の状況をも考慮できるものとした規定と解するのが自然である。その関心の対象にあるのはあくまで開発区域内の事柄であるというべきであって、右の二点を理由に開発区域外の住民の利益をも本件関係法規の保護法益に読み込むのは文理上無理があるというべきである。

(3) 令二五条二号ただし書及び規則二〇条の二の特別の趣旨の有無原告らは、令二五条二号ただし書及び規則二〇条の二が、一敷地単体型の開発行為を想定して開発区域外の道路について定めた規定であることを理由に、少なくとも右令規は、周辺地域の住民個々人の個別的利益をも保護する趣旨であると主張する。

しかし、一敷地単体型の開発行為においては、開発区域内に新たに道路が整備されないのであるから、開発区域内の環境・安全・利便を確保するのに開発区域外の道路に頼らざるを得ないのは当然であって、右の場合に開発区域外の道路について定めているからといって、それが開発区域外の住民を保護しようとする趣旨であるということにはならない。また、法三三条一項二号以下の本件関係法規の中で、一敷地単体型の開発行為について定めている部分に限って、開発区域外の住民をも保護する趣旨であるというのは、規定ぶりと違和感を覚える解釈である上、そのような解釈を採れば、下位規範である政令・省令によって上位規範である法律の趣旨を覆す結果にもなる。したがって、原告らの右主張は採用することができない。

(4) 周辺住民への影響と本件関係法規の保護法益

もとより、開発行為が実施されると、その結果として、開発区域外の道路の通行車両が増加し、開発区域外の道路状況にも事実上の影響が及ぶことはあり得るし、その場合、開発区域外の道路の幅員が広ければ、交通量の増加に伴う往来の支障は少ないのに対し、反対にそれが狭ければ、一般的にいっても、その支障は大きくなり、渋滞を誘発するなど、開発区域外の住民にも一定の生活被害を及ぼすことは考えられる。

しかし、その場合でも、開発行為の影響は、通常は、生活上の支障や不便といった、人の増加に伴う量的・相対的な変化にとどまるものと考えられる。開発区域外の道路の幅員が規定に満たないものであったところ、開発行為がなされることにより、開発区域外の住民が従前利用していた道路をおよそ利用できなくなるような質的・絶対的な変化が生じ、その結果として、開発区域外の住民の生命、身体の安全等が脅かされるような事態が起こることは、むしろきわめて例外的というべきである。 例えば、原告らが問題とする開発区域内の火災等については、その発生、その延焼による周辺住民の被害発生、開発行為と周辺住民の被害との相当因果関係のそれぞれにおける蓋然性を肯定するのに難点があり、開発行為と開発区域外の周辺住民が生命身体の被害を受けることとの間に法的な結びつきは肯定しがたい。開発区域外の道路の幅員が狭いということは、開発行為以前からある開発行為とは別個の問題というべきであり、それが開発行為により事実上拡大化及び顕在化するという面があるとしても、本件関係法規の解釈上、開発区域の周辺住民にその開発行為を争う保護利益を認めるまでには至らないというべきである。なお、例外的な状況にある場合において、周辺住民が開発許可取消し以外の対抗手段を採ろうとするときのその対抗手段の有無等については、(5)末尾記載のとおりである。

(5) 法三三条一項七号との異同

原告らは、標記の点に関連して、法三三条一項七号違反が問題とされた事件において、最高裁が、開発区域外の一定範囲の地域に居住する住民の原告適格を認めていることから、それと本件との類似性を主張する。

しかし、開発区域内の土地が地盤の軟弱な土地である場合や、がけ崩れの多い土地等である場合には、がけ崩れ等の事故により、開発区域内の住民だけでなく、開発区域外の隣接地の住民の生命、身体の安全等が脅かされるおそれが大きい。これに対して、開発区域外の道路に所定の幅員がない場合に、周辺住民の生命、身体の安全等までが脅かされるという事態の発生の蓋然性は、(4)のとおり法的には肯定しがたいというべきである。

このように法三三条一項七号と本件関係法規とでは、保護法益が異なるのである。仮に、個別の事案で、開発行為によって、開発区域の周辺地域の住民に受忍限度を超える被害が生じるような場合には、当該住民については、本件関係法規によってではなく、民事上の規定等によってその保護が図られるべきである。

(三) まとめ

結局、本件関係法規は、開発区域内の住民の生活上の利益を保護する趣旨にとどまるものであり、開発区域外の住民個々人の個別的利益を保護しようとしているものとは解されない。

3  原告らの原告適格

以上によれば、原告らは、本件開発許可が本件関係法規に違反することを主張して本件開発許可の取消しを求める法律上の利益を有しないものというべきであり、本件訴えについての原告適格を欠く。なお、本件においては、本件開発区域の周辺地域の道路約四〇〇メートルの間に、幅員四メートルに満たない部分が約二四〇メートルある(争いがない。)という特殊性があるところ、本件関係法規の解釈上、開発区域に接続する道路について、四メートル幅の部分が一定区間あれば足りるという被告の解釈(裁決書中に見られる。)を採ることができるかについては、疑問もないではないが、それは本案の問題である以上、本件開発許可の適否に触れることはできないといわなければならない。

二  結論

したがって、その余の点について判断するまでもなく、原告らの本件訴えはいずれも不適法であり却下を免れないから、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条・六五条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡光民雄 裁判官 近藤壽邦 裁判官 平山馨)

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